今回の話は、授業では扱ったことがないものです。それは、この話はやや専門的過ぎて、授業で扱っても生徒の興味・関心を引けるかわからない内容だからです。しかし、アルファベットととはそもそも何なのかという話題は、アルファベットを深く理解するためには必要なことであると思い、あえて今回取り上げてみました。生徒にもわかりやすい内容になりそうであれば、今後の授業で取り上げることも検討したいと思います。
なお、今回の記事を書くにあたっては、10年以上前に購入した雑誌『Newton』2008年5月号の特集記事「アルファベット4000年のルーツ」、図書館で借りた本『文字の起源と歴史』(創元社)、妻から借りた本『早わかり世界史』(日本実業出版社)を参考にしました。特に『Newton』の記事は一般の人にもわかりやすく解説されていますので、興味のある方は古本屋等で手に入れてみてください。
1. 「アルファベット」とは何か?
アルファベットは、英語を学習する上で最も基本的かつ重要な文字です。しかし、「アルファベット」とは文字そのものを指すのではなく、1字1音の表音文字で単語を作るシステムの名前だそうです。アルファベットという言い方がどこから来ているのかと言うと、音から想像できる人もいると思いますが、ギリシャ文字の「アルファ」(α)と「ベータ」(β)から来ています。ギリシャで紀元前3世紀頃に「アルファべートス」(alphabetos)ということばが使われていたそうですが、どうやらそれが語源のようです。
アルファベットは、1字1字が音を表す「表音文字」ですが、文字には他に「音節文字」と「表語文字」があります。前者の代表は日本語の「かな」で、1文字で母音と子音の組み合わさった音を表すものです。後者の代表は「漢字」で、文字自体が意味も音も持っている文字のことを言います。筆者の知識では後者は「表意文字」と言うものではなかったかと思いますが、今では「表語文字」と言うのが一般的だそうです。
表音文字にはそれ自体に意味はありません。b(ブ)とかg(グ)とかの音を聞いても、誰もその音から何かの意味を想像することはできませんね。表音文字が連続して単語になって初めて、意味を持つことばになります。「アルファベットに関すること」のコーナーでは、アルファベットの音を知ることを最重要課題の1つにしていますが、それ自体を学んだ時点では、英語を理解することも話すこともできないというわけです。
2. アルファベットの種類
英語学習者にとって、アルファベットとはA~Zまでの26文字、いわゆる「ローマ字」のことを指しますね。これは「イギリス・アルファベット」とも言われるもので、基本の「ラテン文字」と呼ばれる26文字しか使われていません。では、英語以外の言語でもこの26文字が使われているのでしょうか?
答えは多くの方がご存じのとおり、ヨーロッパでも他の言語になると、基本の26文字に加えていくつかのその言語独自の文字が使われています。主なものを以下に紹介しますが、独自文字はテキスト表示できないので、『Newton』誌の記事より転載させてもらいました。
(1) ドイツ語…計30字
→基本のラテン文字26字+独自文字4字
(2) フランス語…計40字
→基本のラテン文字26字+独自文字14字
(3) スペイン語…計33字
→基本のラテン文字26字+独自文字7字
なお、基本のラテン文字26字がどのことばにも共通しているのは、ローマ帝国時代にヨーロッパ全土でラテン文字が普及し、ローマ帝国滅亡後もそれが使われていたためで、各国ごとに独自の言語が発達する中で、それぞれの言語で独自の文字が追加されました。
3. 「アルファベット」の起源
では、多くのヨーロッパ言語で使われているアルファベットの基本26字である「ラテン文字」は、いつ、どのようにしてできたものなのでしょうか。文字はそれを使う人々の文化と密接につながっているということは「2. ○文字と○文字はどちらが先にできたか?」でも触れましたが、想像できることは、やはりヨーロッパの歴史と関係があるということでしょう。そこで、それを踏まえながら、アルファベットの起源を歴史をたどるように順に見ていきたいと思います。なお、それぞれの具体的な文字は、『Newton』誌に掲載されているものを拝借させてもらいました。
(1) すべての元になるラテン文字
ラテン文字は、ローマ帝国の公用語(ラテン語)の文字として普及しました。ギリシャ文字やエトルリア文字を元に作った当初のラテン文字は、自国語に合わせた20文字しかありませんでしたが、その後に領土を広げるにつれて、様々な民族のことばを取り込んで増えていったようです。そして、1000年以上をかけて現在の基本の26字が作られました。
(2) 直近の起源は「ギリシャ文字」
ラテン文字が使われている最も古い碑文は紀元前7世紀頃のものだそうですが、その頃はローマ帝国の時代ではありません。したがって、ラテン文字を使うラテン人はまだ地中海の一部にしか住んでいなかったわけです。
ラテン文字の直近の起源とも言われている「ギリシャ文字」は紀元前8世紀頃に生まれたそうですが、この中は22文字しかなく、ラテン文字にある「C」や「F」などがありません。一方、「A」、「B」は「アルファ」、「ベータ」と読まれていたようです。
これに対して、イタリア北部で紀元前7世紀頃に「エルトリア文字」というものが生まれました。この文字の中には、ギリシャ文字には無かった「C」や「F」なども見られます。どうやらこのエトルリア文字もラテン文字に取り入れられたようです。ただ、エトルリア文字はラテン文字に対して左右が反転されており、右から左に書かれていたようです。
<ギリシャ文字>
<エトルリア文字>
(3) ギリシャ文字の元は「フェニキア文字」
ギリシャ文字ができた紀元前8世紀頃、その300年くらい前から地中海一体で交易していたフェニキア人がいました。そして、地中海各地でその人たちが使っていたフェニキア文字が使われていたことがわかっています。そのフェニキア文字がギリシャ文字によく似ていることや、紀元前10世紀頃にはすでに使われていたことから、ギリシャ文字の元はフェニキア文字ではないかとも言われています。
確かに当時の碑文に残されている文字を見ると、ギリシャ文字につながったであろう文字が多く見受けられます。
(4) フェニキア文字のルーツ
紀元前10世紀まで遡ったアルファベットの歴史ですが、さらにその元となった古い文字はあるのでしょうか。地中海沿岸の史跡調査で、この一帯に以下のような文字が発達していたことがわかっています。それを新しい方から並べてみましょう。
① シナイ半島の「原シナイ文字」と「ワディ・エル・ホル碑文の文字」
原シナイ文字は、紀元前16世紀頃にシナイ半島で使われていた文字で、鉱山跡から発掘された異物に書かれています。また、それに先立つものとして、紀元前20世紀頃に使われていたワディ・エル・ホル碑文の文字も見つかっています。
<原シナイ文字>
<ワディ・エル・ホル碑文の文字>
② クレタ島の「象形文字」
紀元前20世紀~同15世紀にかけてクレタ島で使われていた文字で、「絵文字」や「線文字」と呼ばれる文字が使われていました。
③ 西アジア・メソポタミアの「楔形文字」
紀元前32世紀頃からトルコやイラン、イラク、シリアなどの西アジアで使われていた文字で、粘土板などに植物のアシを押しつけて書く「楔形文字」が使われていました。
④ エジプトの「ヒエログリフ」
紀元前32世紀以降にエジプトで使われていた文字で、人や動物などをかたどった象形文字です。時代によって文字数が異なり、多いときには数千字の文字が使い分けられていました。
(5) エジプトの「ヒエログリフ」との関係
エジプトの古代遺跡に残されているヒエログリフは象形文字です。長く何が書かれているか不明でしたが、1799年に有名な「ロゼッタ・ストーン」が見つかったことで、解読が進みました。それを体系的に解読したのはフランスのジャン・シャンポリオンでした。彼はくり返し出てくる固有名詞と思われる文字に着目し、全文字の音を特定しました。そうしたところ、ヒエログリフの中にも表音文字があることがわかったのです。しかも、それらの中にはアルファベットのようなものがありました。
以下のものがヒエログリフの中のアルファベット要素ですが、これを見るとまさにアルファベットと同じ考え方の文字がすでに5000年も前には存在し、その後に登場するいろいろな文字に影響を与えていたことが考えられます。
(6) アルファベットの起源のまとめ
ここまで見てきたアルファベットの起源に関わることを、古い順に並べてまとめてみたいと思います。おそらく言語学者や歴史学者によって意見が異なるものと思われますが、ここでは『Newton』誌に掲載されている説を採用させてもらいます。
0. ヒエログリフ(紀元前32世紀頃)
↓
1. ワディ・エル・ホル碑文の文字(紀元前20世紀頃)
↓
2. 原シナイ文字(紀元前16世紀頃)
↓
3. フェニキア文字(紀元前11世紀頃~)
↓
4. ギリシャ文字(紀元前8世紀頃~)
↓
5. ラテン文字(紀元前6世紀頃~)
↓
6. ラテン文字から派生したアルファベット
いかがだったでしょうか。日本語とはちがって大陸で生まれたアルファベットは、長い歴史の中で多くの民族が入り乱れる交雑文化のたまものとして生まれたものだということがわかりました。なお、ここで取り上げた話は一定の支持がある説を元にしたものですが、学者によってはまったく異なる説を唱えている人もいますので、事実とは異なることもあるかもしれません。(1/13/2019)