ある程度英語学習が進んでいる方にとっては、make はローマ字のように「マケ」ではなく「メイク」と読むのは常識です。似たような例として、like(ライク), hope(ホウプ)などがあり、こういう単語はそのように読むものだと頭に入っていると思います。しかし、「なぜそう読むのか?」と問われて、すべての方が他の人にもわかるように論理的に答えられるでしょうか?特に初学者の人には難しいかもしれませんね。今回はその説明です。
「1. アルファベットの名前を読めても英語は読めない」のページで、個々のアルファベットの「音」を知ることが英語を読むための最初の一歩であることを述べました。
今回取り上げることは、その次の一歩にあたるものです。
最初に個々の音を連続するだけで単語の発音ができるものをいくつか取り上げてみましょう。
mad, hat,
pet,
pin, rid
hop, rod
cut, tub
上記の単語は順に次のように発音しますね。
マッドゥ(ム+(ェ)ア+ドゥ)、ハットゥ(ハ+(ェ)ア+トゥ)
ペットゥ(プ+エ+トゥ)
ピン(プ+(ェ)イ+(ヌ)ン)、リッドゥ(ル+(ェ)イ+ドゥ)
ホップ(ハ+(ァ)オ+プ)、ロッドゥ(ル+(ァ)オ+ドゥ)
カットゥ(ク+ア+トゥ)、タブ(トゥ+ア+ブ)
では、次の単語はそれぞれ何と発音するでしょうか。
made, hate
Pete
pine, ride
hope, rode
cute, tube
上記の単語は次のように発音しますね。
メイドゥ、ヘイトゥ
ピートゥ
パイン、ライドゥ
ホウプ、ロウドゥ
キュートゥ、テューブ
最初に示した単語群と2つ目の単語群のつづりのちがいは何でしょうか?
そうです。すべて最初の単語群の語末に e が加わっているだけです。
では、それによって発音はどう変わったでしょうか?
実はある一定のパターンで変わったのがわかりますか?
そうです。語末に e がついただけで、その前にある母音字の読み方が「名前読み」になったのです。※「名前読み」は「1. アルファベットの名前を…」参照。
つまり、それぞれ以下のようになりました。
a...(ェ)ア → エイ
e...エ → イー
i...(ェ)イ → アイ
o...(ァ)オ → オウ
u...ア → ユー
このように、語末の e は「その直前にある母音字を「音読み」から「名前読み」に変える」力があります。英語話者は、ある単語が目に入った時に、語末に e があることに気づくと瞬時にその前にある母音字を「名前読み」にすると判断するのです。このような e を俗に「マジック e」と読んでいます。さらに、e自体は発音されないので、「サイレントe」(静かな e)という呼び名もあります。
いかがでしょうか? なんとなくわかっていたことを頭の中で整理して納得できたでしょうか?
このような発音とつづりの関係を学ぶことを phonics(フォニックス)と言います。元々は、英語を第一言語にする人たちが英語を読めるようにするために開発された学問です。フォニックスを学ぶと、最終的にはほとんどの単語を論理的に読むことができるようになります。日本では松香陽子先生が「松香フォニックス」を設立してその普及に努めています。興味のある人は門をたたいてみてください。(11/4/2018)
【備考】
ところで、以上の説明は現状の英語の発音とつづりの関係について述べたもので、英語の歴史的な側面から見た発音は考慮していません。例えば、今回取り上げた name, time, home などの発音は、15世紀から17世紀にかけて起こった「大母音推移」によって変化したと言われています。例えば、name は長母音[ア-]が長母音[エー]になり、time は長母音[イー]が二重母音[アイ]に、home は長母音[オー]が二重母音[オウ]になったそうです。そして、18世紀になると name はさらに[エイ]という発音になったとされています。
そのような歴史的な母音の変化はありますが、現状の発音はその後の使用の中で論理的に整理されて現在の発音とつづりの関係になっていますので、このコーナーでは現状の発音とつづりの関係を分析した結果をお伝えしています。(11/11/2023 追記)
平成元年の学習指導要領の改訂により、「聞くこと」「話すこと」が分離されて、音声言語重視のコミュニケーション活動が一般的になりました。中学校1年生の入門期指導も音声を中心とした活動で「聞くこと」「話すこと」から英語学習に入るのが定番となっています。一方で、その後に個々の文字の音や単語のつづりの読み方を指導せずに、いきなり教科書を読ませたり、むりやり単語を書かせてつづりを覚えさせたりするやり方が未だに多く見られます。
しかし、「1. アルファベットの名前を読めても英語は読めない」でも述べたように、生徒に英語の読み方を教えないまま英語を読ませるのは、その時点で「落ちこぼれ予備軍」を作っていることになります。最初は cat や dog のようなカタカナ英語としても知っている簡単な単語が多いので、何の指導もしなくても読めています(読めているように見えます)。ところが、だんだんと読めない単語が増えてきて英語が難しく感じてくるので、結果的に英語学習そのものへの意欲が下がります。それは、そもそも読み方を教えていなかったことが大きな原因であったということに気づいてください。そのような意味で、今回取り上げた「マジック e」はアルファベットの個々の音を教えた次に指導する内容として最適です。ぜひ授業で扱ってあげてください。
指導の肝は、上記のように生徒にそのちがいに気づくように指導過程を組むことです。けっして一方的に教え込んではいけません。教え込んだのでは、結局生徒がわかっていないのに、わからせたつもりになっているだけになります。生徒が気づくように教えられるかどうかが腕の見せ所と言っていいでしょう。
なお、松香フォニックスをはじめとして本家の phonics にも多くの指導書があります。ただ、フォニックスは英語を第一言語、すなわち生活言語として使用している人を対象としたものです。ですから、外国語学習として学んでいる私たちの生徒に、それをすべて教えようとすると生徒がパンクします。一時期流行った松香フォニックスですが、多くの教師が「途中で挫折した」というのはそのためです。松香フォニックスはすぐれた指導法を編み出してくれていますが、それをご自身の生徒にどのように取捨選択して教えるかは、個々の英語教師の力量にかかっています。
せっかくですから、筆者の経験からその案配をお教えしましょう。それは、今回のような生徒に気づかせるような指導過程をとっても、生徒から答えが出てこないような難易度のものは避けた方がいいということです。つまり、「そんなに言ってもわからないんだったら、答えを教えよう」ということになるようなことは扱っても無駄であるばかりか、かえって生徒の学習意欲をそいでしまうのです。なぜなら、そういう指導でしか生徒に教えられないのだとしたら、結局は生徒が理解しているかどうかに関わらず、教師が一方的に教え込んでいるだけだからです。そのような授業では生徒の頭は回転しておらず、結果として生徒はわかっていないということになります。そして、生徒側からすれば、「また先生が何か言ってるよ…。適当に聞き流しておこう」と思うだけだからです。