たくさん聞くだけではリスニング力は高まらない

筆者が長年教師をしてきた中で、生徒から最も多く受ける相談の1つが「リスニング力をつけるにはどうしたらいいですか?」というものです。筆者の勤務校では、100年以上前から授業は英語で行うことを基本としており、生徒は中1の最初から英語を「聞くこと」と「話すこと」に慣れていますが、それでもネイティブ・スピーカー(以下「ネイティブ」)が話す英語を聞き取ることに困難を覚える生徒は少なくないようです。

 

一方、ちまたでは「○ピード・ラーニング」のCMのせいもあって、英語をマスターするにはとにかく英語をいっぱい聞くことが大切であると思われています。かく言う筆者も、かつては生徒の相談に対して、「とにかくたくさん聞くことが大切だ」と答えていました。

 

「たくさん聞く」こと自体の効果は筆者も否定しません。しかし、自分がたどってきた英語習得の過程や、英語学習で成功を収めてきた生徒の学習過程を改めて見直してみると、「たくさん聞く」だけではリスニング力は高まらないという考えに至るようになりました。

 

では、どうしたらリスニング力を高めることができるのでしょうか? ここから先は筆者の個人的な考えで、学問的に証明されていることではないのですが、おそらくみなさんも「確かにそうかもしれない」と思っていただけると思います。

 

1. リスニングの困難点

日本人の英語学習者がネイティブの英語を聞く際に感じる「困難点」こそが、リスニング力を高めるポイントと言ってもいいと思います。そこで、どんなことに対して困難点を感じるのでしょうか。それを生徒に尋ねると、おおむね次のような答えが返ってきます。

 

・そもそも速すぎて、まったく聞き取れない。

・知らない単語が出てくると、わからなくなる。

・意味を考えているうちに、次の話に移っている。

 

みなさんも同じような感想を持ったことはないでしょうか。

 

上記のような困難点は何が原因で起こるのでしょうか。

 

(1) 速すぎて、聞き取れない

例えば、ネイティブが次のように言ったように聞こえた時に、それを頭の中で英文に書き起こすことができるでしょうか?

 

「ゲララヒー!」

 

「ゲララヒ-」なんていう単語はありません。これは4つの単語からできた文です。そうです。実際には、次のような中1で習う簡単な単語ばかりでできた文です。

 

Get out of here!(ここから出て行け!)

 

この文の場合、get の t が「ル」のように聞こえ、out の o と一緒になって「ラ」のように聞こえ…と、各単語がそれぞれの前後の単語とくっついて話されることで、音が変化してしまっているのです。ネイティブが日常的に話す英語には、基本的にこの音の変化があるということを知り、日頃からそれに慣れておく必要があるということです。

 

(2) 知らない単語が出てくると、わからなくなる

聞いている途中で知らない単語や表現が出てくると、それを頭の中で理解することができなくなり、それが気になって、結果として文全体の意味も理解できなくなります。

 

原因は語彙力の欠如ということになります。全く知らない、聞いたことがない単語や表現については仕方がありませんが、聞いたことがある単語であっても、自分が知っている使い方でないと意味がつかめないということもあると思います。特に動詞の中にそういうことが多く、get, take, make などは後ろに副詞(up, on, out など)を伴うことで、いろいろな意味で使われますから、それらの意味を知っていることが大切です。

 

(3) 意味を考えているうちに、次の話に移っている

日本人の英語学習者は、英語を聞くと、それを日本語に「変換」して意味を理解しようとします。つまり、ことばに出さなくても、頭の中で「同時通訳」をしているのです。ところが、英語と日本語では文の構造がかなりちがうので、英語を最後まで聞かないと、日本語らしい日本語になりません。そうして日本語に訳している作業の裏で、次の英語がどんどん進んでいきます。これでは聞こえてきた英語を理解することができるはずはありません。

 

これに対して、「英語を英語として理解することが大事だ」という意見があります。筆者自身もそう思っています。しかし、特に初学者にとってそれはとても難しいことです。ただ、英語の基本的な構造を知り、それに頭を慣らしていくということはできると思います。例えば、英語は「主語」→(「助動詞」)→「動詞」→「目的語」または「補語」→「場所や時間を表す表現等」という順番で流れていくとに頭を慣らすということです。

 

2. リスニング力を高める方法

以上のような3つの困難点を克服するにはどうしたらいいでしょうか。筆者が生徒に話しているアドバイスを紹介しましょう。

 

(1) 単語間の音の連続に慣れる

1(1)で述べたとおり、単語間の音の変化がわからないと、ネイティブの英語についていくことはできません。そのためには、そのような音の変化に慣れておく必要があります。

 

最も基本的な練習方法は、自分が英語を話すときにネイティブのような音の連続を意識して話すということです。話すと言っても個人ではできないでしょうから、教科書の音読を練習する際に、その部分に意識を集中します。個々の音や、単語全体の発音も大事ですが、聞き取る力をつけるには、この練習が欠かせません。なぜかと言うと、「自分が言えていないことは、聞いてもわからない」からです。普段から自分でそのように言っていれば、聞こえたときに単語に分解できるはずです。

 

英語学習が進んできた人であれば、ラジオ、テレビ、映画などで聞こえてくる英語を書き起こす作業をしてみるのもいいと思います。この作業をすると、後で紹介する文法力を高めることもできます。

それは、一度聞いただけでは聞こえてこない音が、「文法的に考えると、きっとここにこの単語があるはずだ」と聞こえてくるようになるからです。その繰り返しが、音に慣れることと文法力を高めることに寄与します。

 

(2) 「使える」語彙力を高める

「語彙力を高める」と言うと、とてもレベルの高い要求のように感じられます。未習の語彙を高校入試用や大学入試用の単語帳などを使って覚えることを連想するからです。しかし、ここで言う語彙力とは、そのような高度な語彙を指しているのではなく、日常生活でネイティブがよく使う語彙を身につけるということです。しかも、それを自分で話す際にも使うような語彙を指します。いわば、「使える」語彙です。

 

代表的な例は、先述した get, take, make 等の使う頻度の高い動詞を含む連語です。それらの意味を知っているだけで、ネイティブが話す英語の多くを理解できるようになります。逆に言えば、どんなに難しい単語を知っていても、そのような頻繁に使われる連語を知らないと、ネイティブの話す英語を理解できないのです。なお、具体的な表現例はそのような表現を扱っている他の書籍に任せます。

 

(3) 瞬時の文法力を身につける

ここで言う文法力は、大学入試に出てくるような難しい文法のことではありません。中学校3年間で習う基本的な文法で十分です。ただし、それらを「え~と、それは…」などとゆっくり考えなければ出てこないような状態のものではなく、聞いたものを素早く正確に分析できるレベルまで理解を高めていることが必要です。

 

先述したとおり、話される英語はあっという間に過ぎていきますし、後戻りすることはありません。つまり、じっくり考えたり、改めて考え直したりすることができないのです。ですから、英語が聞こえてくる順番に意味を理解できるように、英語の基本的な構造をしっかり理解できていることが必要です。そのためには、中学校の教科書レベルの英語を聞いて、その意味を瞬時に理解する練習が必要です。

 

3. まとめ

以上のことをまとめると、リスニング力を高めるには次の3つが必要だということになります。

 

・英語の音に慣れる

・使える語彙力を増やす

・文法力を高める

 

つまり、リスニング力を高めると言っても、ただ聞いていればいいわけではなく、いわば英語の総合力を高めなければなりません。もし、「自分はリスニング力がないなあ…」と感じることがあったとしたら、それはまだ英語の総合力が高くないということかもしれません。(12/3/2018)