これを読めば the の使い方がわかる③:疑問解決編

いよいよ the の使い方の最終回です。今回はおそらくみなさんが過去にいだいたであろう疑問点をいくつか紹介し、それを解決していきます。もちろん、過去の2回と同様に、「~の場合は…になる」という個別の問題として扱うのではなく、それらを包括的かつ論理的に説明していきます。

 

1. ほぼ同じ表現なのに a と the が入るのはなぜ?

おそらく、この疑問は次のような2つの英文を見た時に感じるのでしょう。

 

① Beatrix Potter is a writer from England.   

② Beatrix Potter is the writer of Peter Rabbit.

                                                             

ほぼ同じような形の文ですが、writer(作家)という普通名詞の前に使われている冠詞が a の時と the の時があります。これはどういうことなのでしょうか?

 

ここで取り上げているビアトリクス・ポターは『ピーター・ラビット』という絵本の作家として有名ですね。彼女についての説明に対して、同じ writer(作家)という普通名詞で受けています。主語も同じで補語も同じなのに、なぜ a と the の場合があるのでしょうか。実は、それは writer の後ろにある前置詞句に原因があるのです。

 

①の前置詞句は from Englandです。「イギリス出身の」作家と言われて、みなさんは誰を思い浮かべますか? 

・ディケンズ(Charles Dickens)? 

・シェークスピア(William Shakespeare)? 

そうです。人によって思い浮かべる作家がちがうのです。つまり、writer from England では誰であるかが「定まらない」のです。ですから、不定冠詞の a を使うわけです。

 

一方、②の前置詞句は of Peter Rabbit ですね。「『ピーター・ラビット』の」作家と言えば、ポターしかいません。誰に聞いても答えは同じ(知らない人は除く)、つまり答えが「定まっている」ので、定冠詞の the を使うわけです。

 

ここまで来たら、この疑問点は「話者の間で共通理解が得られている普通名詞」という条件に当てはまっているかどうかということで解決できることがおわかりでしょう。

 

上記のような疑問は、おそらく関係節(関係代名詞を使った後置修飾の表現)を習った時にも感じたことがある人が多いと思います。例えば、次のような文です。

 

③ Tezuka Osamu is (   ) cartoonist who created many good stories.

④ Tezuka Osamu is (   ) cartoonist who created Astro Boy.

 

ここまでの話を理解していただいていれば簡単ですね。2文とも手塚治虫がどのような漫画家であるかを述べたものです。③は「多くのよい物語を創造した」ですから、そのような人は他にもいて、彼だけとはかぎりませんので、答えは「a」。④は『鉄腕アトム』を創造した人と言えば彼しかいませんから、答えは「the」ということになります。

 

中学校3年生以上の方は、持っている教科書の関係代名詞が使われている文を見てください。すべて上記のような基準で先行詞(関係節で修飾される名詞)の前に付いている冠詞が使い分けられているはずです。

 

2. 固有名詞なのに the が付いているのはなぜ?

大文字で始まっている語なのにtheが付いている場合、そこには大文字で始まる普通名詞があるからだという説明を「7. これを読めば…」でしました。

 

the United States of America

 

ところが、どう見ても何かの名前(固有名詞)なのにtheが付いている例があります。この疑問はおそらく次のような表現から来ているのでしょう。

 

the Philippines(フィリピン共和国)  

the Olympics(オリンピック大会)

 

この点についてネットの投稿を見ると、「固有名詞でも複数形になっている語には the が付くことがある」という説明の例がありますが、そのような説明だけでは十分に論理的とは言えません。これらに the が付いているのは、次のような理由によります。

 

・the Philippines は the Philippine Islands(フィリピン諸島) のことである。

・the Olympics は the Olympic Games (オリンピック競技会)のことである。

 

実は、Philippine は「フィリピンの」、Olympic は「オリンピックの」という形容詞で、いずれも後ろに隠れている普通名詞の複数形の -s を付けることで名詞として使っているのです。つまり、the は後ろに隠れている普通名詞にかかっているのだと考える方が論理的です。

 

ちなみに、フィリピンの正式名称は the Republic of the Philippines(フィリピン共和国)です。国名で同じように the が付く国には the Netherlands(オランダ)、the Bahamas(バハマ諸島)などがありますが、「the+固有名詞+複数形の-s」を国名にしている国は、たいてい多くの島々や地域(場合によっては国々)を統一して1つの国にしており、the を付けることで統一感のある名前にしようとしたという気持ちをうかがい知ることもできます。

 

3. 「川」には the が付くのに「湖」には付かないのはなぜ?

文法書の多くに「川の名前には the が付くが、湖の名前には the が付かない」という説明があります。確かに、両者の実際の例を見るとそのとおりです。

 

the Sumida River(隅田川) 

・Lake Biwa(琵琶湖)

 

しかし、これで納得しては、「~の場合は…である」という説明を鵜呑みにして、思考停止を招くことになります。なぜそうなのかを考えて見ましょう。

 

実は、これは「川の場合は…」や「湖の場合は…」なのではなく、両者の名詞句に使われている単語の語順、さらに言えば、最後にある名詞が何かということによるのです。

 

川の名前の場合、大抵は「名前+River」、つまり最後に普通名詞が来ています。一方、湖の名前の場合は、「Lake+名前」、つまり最後に固有名詞が来ているのです。これでもう前者だけに the が付く理由がわかりましたね。後者のようなものとしては、他に山の名前もあります(Mt. Fuji)。

 

なお、文法書の多くでは、川の名前についてイギリスの有名な the Themes(テムズ川)がよく例として取り上げられています。これをもって、「川の名前には the が付く」という説明がなされているわけですが、これも元々は後ろにあった River が落ちてしまったという説明まで付けてくれていれば、学習者が the の存在を論理的に理解できていたはずだと思ってやみません。

 

ところで、これは the の付け方と直接関係ないのですが、和名をどのように英語にするかにはこれといったルールがありません。上記の川や湖の名前でも、the Sumidagawa River や Lake Biwa-ko などの表記(標識)があります。隅田川のように「墨田」という地名があれば the Sumida River も納得できますが、「荒川」は「荒」川ではないので、それを the Ara River としている標識を見ると違和感を覚えます。一方、湖の名前も、つい先日河口湖に行ったときに、Lake Kawaguchi と Lake Kawaguchi-ko という2つの表記がありました。また、同じ城でも、大阪城は Osaka Castle、首里城は Shurijo Castle です。首里は地名として独立した存在ではないということなのでしょう。

 

いかがだったでしょうか。ここまで3回にわたって the の使い方を論理的な説明によって明らかにしてきました。これまで the の使い方がよくわからなかったという人も、目の前の霧が晴れたのではないでしょうか。ただ、実際に正しく使用するのはそう簡単ではありません。特に、話し言葉ではいちいち立ち止まって、the を使うかどうかを長時間考えるわけにはいきませんからね。後は慣れるしかありません。自分が伝えようとするものが「共通理解が得られている普通名詞」かどうかを瞬時に判断できるようになるまで、多くの例文に出会い、自分で使う練習をたくさんしてください。

 

<付記> ここまで来たところで、the について筆者の生徒に教えていることで網羅できていない大切なことが残ってしまいました。それをここまでの3回の中に含めると、各回の内容とそぐわなくなってしまうので、あともう1回分を加えることにしました。「10. これを読めば the の使いか方わかる④:難題思考編」です。(11/20/2018) 

英語教師の方々へ

ここまで3回にわたって the の説明をしてきましたが、ご自身の生徒にこれを指導する際には十分な注意が必要です。本ページの説明で3回を要したということは、実際の授業でもそれなりの時間がかかります。一方的に説明するのではなく、生徒とやりとりをして、生徒の頭を活性化しながら、この問題を解決させたいからです。ただ、はたして生徒と教師のやり取りだけで進められるほど単純で明快な内容かというと、そうではありません。「論理的」を強調しているということは、その論理的思考についてこられない生徒は置き去りにしてしまう可能性があります。特に、話し言葉だけで進めると、途中の大切な部分を聞き漏らした生徒は、残りの部分を理解できなくなります。そこで筆者は、the のことに関しては、自作のワークシートを使っています。量にすると、40字×50行×4ページにも及ぶものです。実は、ここまでの説明は、そのワークシートに書かれている内容をさらに易しく書き直したものなのです(あと1回分の内容が残っています)。ワークシートであれば、生徒は自分の目で確認しながら、分からなければ前に戻って、自分のペースで学習することができます。ぜひ、先生がご自身の生徒のことを考えて、このように説明すれば生徒がわかってくれるだろうというワークシートを作ってあげてください。

 

次に、中学校の先生の場合は、「いつ」指導するかという見極めが大事です。中1で今回の話をしても、生徒は「ポカン」としてしまうでしょう。まだ、冠詞とは何かという意識すらないからです。中2ならわかる生徒も出てくると思います。しかし、多くの例に出会って、生徒自身が疑問を持ってきたところに食い込むのであれば、中3まで待った方がいいでしょう。高校の先生であれば、「どの場面で」指導するかということになると思います。コミュニケーション活動や読解(逐語訳ではなく、概要・要点理解の活動)では、細かいことを説明し始めると生徒が飽きてしまう可能性があります。できれば、生徒に「英語の使い方でよくわからないものはないか?」などのアンケートを実施し、その中に the の使い方が出てくれば(出てきたことにして…笑)、生徒と一緒に答えを考えていくという場面を設けるといいと思います。