シリーズ第2回は、筆者が初めて自分のお金で購入したバイクです。
【モデルの概要】
このモデルは、すでにあったオフロードモデルのXL125の後継機種として1977年に発売されたものです。このモデルに先立ってXL250Sが発売されており、その弟分という位置づけでした。
XL125からの最大の改良点はギアが5速から6速になったことでした。これによってトップギアの50km/hのエンジン回転数が5000から4000に下がり、振動の軽減と燃費の向上に貢献しました。
また、メーター周りのデザインも一新され、四角い一体型ケースの中に大きさの違うスピードメーターとタコメーターが配されて、透過式ライトで夜の視認性を良くするという工夫がされていました。
なお、初期のモデルは上の写真のようなタンクとサイドカバーに黄・灰・黒のラインが入ったデザインでしたが、マイナーチェンジ後はラインが消えて、タンクは "HONDA"、サイドカバーは "XL125S" のロゴのみになりました。そして、1982年には後継の XL125R にバトンタッチされました。
【購入エピソード】
先述したように、このバイクは筆者が初めて自分のお金で買ったものです。それは高2の冬でした。筆者は「中型限定免許」(400ccまで乗車可能)制度が始まってから3年後の世代です。つまり、筆者のときは教習所で取れるのは中型免許まででしたが、その気になれば400ccのバイクには乗れたのです。
しかし、お金がない高校生に大きなバイクを買うことはできません。250ccのバイクでも30万円以上しました。当時は中古車を買うという発想がなかったので(!)、購入するとしたら125ccがせいぜいでした。
そんなときに、各バイク雑誌に発売されたばかりのXL125Sの新車レポートが掲載されました。それらの記事を読んだりカタログを見たりすると、とても素晴らしいモデルのようです。そこで、アルバイトでためた貯金と母親に泣きついて借りた3万円で、小中学校の同級生(女子)の家がやっている地元の小さなバイクショップで購入しました。購入価格は、諸費用込みで車両定価の248,000円だったと記憶しています。
【ツーリング・エピソード】
このバイクに替わったことで、行動範囲がかなり大きくなりました。ダックスのときは半日かかりだった奥多摩湖はちょい乗り程度の感覚になりました。箱根まで往復する200kmくらいが日帰りツーリングの定番となりました。
そんななかで、後に“日本一周”を目指すきっかけとなるツーリングを経験しました。それは、紀伊半島の先端まで行くという、泊を伴うものでした。
このときは、高校を卒業したばかりの春休みだったこともあり、中学校・高校の親友で、バイク仲間でもあったO君と一緒でした。O君とは先述した箱根ツーリングも一緒に行った仲でした。
紀伊半島ツーリングは、お金のない高卒直後の二人旅だったので、最もお金のかかる宿泊費を少なくするために、すべてユースホステルを利用しました。なお、帰路は那智勝浦から東京までフェリーを使いました。これは筆者にとって初めての船旅でもありました。
【長所・短所】
このモデルの長所は、何と言っても燃費の良さです。燃費は、ちょい乗りで40〜45km/、ツーリングなら48~52km/lくらいまで行きました。エンジンの吹き上がりも軽く、振動も少ないので、50km/hくらいの巡行速度ではとても快適でした。また、ハンドルが広くて近いので、取り回しがとても良かったと記憶しています。
短所は特に思いつきませんが、しいて言えば4,500〜5,000回転くらいで出てくる振動でしょうか。これはトップギアだと60〜70km/hにあたり、比較的高速で巡行したいときには気になりました。また、これも短所というわけではありませんが、今日のモデルのようにセルスターターはなく、エンジンはキックペダルでしか始動できなかったので、冬場などは始動させるのに数回ペダルをキックする必要がありました。
なお、オリジナルのタンクのラインがあまり好きではなかったので、購入後1年くらい経ったところで、前半分を斜めにカットしてはがし、そこにホンダのウィングマークを貼りました。
【お別れ】
紀伊半島ツーリングでツーリングの楽しさに魅せられたことで、大学1年生のときにはすでに日本一周を計画し始めていました。そうすると、125ccではやや心もとなくなり、より排気量の大きなバイクに乗りたくなりました。
そして、大学1年の秋に次に紹介するホンダ ホークⅡ CB400Tを購入することになり、XL125Sはその下取りとして手放したのでした…。
古い実家の前で。タンクのラインに手を入れた後
直前に鉄剣(後に国宝に指定)が出た、さきたま古墳で
秩父鉄道「長瀞」駅で